2013年03月11日

3月11日から2年

東日本大震災から2年です。

震災の前に行ったことのある東北は、盛岡だけでした。

震災より前にもっと東北に行っていたかったと強く思います。

大槌町、釜石市、大船度市、陸前高田市、
気仙沼、南三陸、石巻、
相馬市、南相馬市、浪江町、いわき市・・・・・

名前も知らなかった遠くの町の名前が、風景が、何度もテレビで報道されました。

一度でも行ったことがあれば、
あの駅で降りて、あのホテルに泊まって、
ここを歩いて、この店に入って、こんな人と出会って・・・
そんな想い出があったら、もっともっと寄り添えたと思う。

「何かしたい、できることがあるはず」って思って、出来たことはほんの少し。

「こんな自分が行っても役に立たないし、逆に迷惑かけるだけ」と
向き合えていなかった。

今でもやっぱり
「自分にできることって?身近も守れていないのに?」
っていう想いは常にあって、
実際どう向き合っていいのか分かりません。
でも、これってやっぱり寄り添えてないからなんだろうな。
「どう向き合うか」とかそんなんじゃなくて、
被災地では、日々を精一杯やりこなして、生きていて、
現実はもう目の前に、あるがままに突きつけられている。
一刻一刻とそうやって過ごしていって、
2年たった。そしてまだまだまだ終わっていない。


この目で見たい。
こんなに何も知らないんだなって思うと、何も言えないし、何も聴けそうにないけど。
同じ日本でおきたこと。今、おきていること。
忘れることは絶対ないけど、
記憶として深く刻むには、自分の目で、足で行くしかないと思う。


これからどう自分が考えるか分からないけど、
感じれることを感じよう。
たくさんいろんなものを見て、自分がどう感じるか。
何を刻むのか。
生きぬくことは、本当に苦難の道だと思うけど
そうやって皆が同じ時代に生きていてくれるから。
一人じゃないって思えるように、いろんな人の声を、いつか聴きたい。
すぐには無理かもしれないけど。



被災者の声で「忘れないでいてほしい」ってよくきくのだけど
私には「この震災を忘れない」ことしか、今はできそうにないです。
もっと忘れない項目を増やしたい。

一日でも早く復興が進みますように。
仮設住宅から出て、安定した暮らしができますように。
除染が早く進みますように。
原子力発電所が安定しますように。
復興活動に懸命に向き合い働いている方、また支援している全ての方に、
心からの感謝と敬意を。
亡くなられた方々がいること。今も行方不明の方がいること。
その悲しみの中でも必死に生きている方がいること。
「日常」を奪っていった震災の恐怖を、忘れません。
posted by さら at 22:24| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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