2016年12月29日

花蔵の乱!義元側陣場を歩く!A

天王山山頂から葉梨神社へ下ります。
【葉梨神社】正面から写真がない(>_<)
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樹齢千年超えてるだろう楠。立派です!
ここの平地が最初の神入寺跡と同じくらい。
ここから花倉城見えました!
どこの山だか必死に教えてもらう自分(;´д`)
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ここからは舗装された道路を歩き、
「白藤の滝」へ
遺構発見の手がかりにもなったようです。
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水量は少ないけれど
流れもない時もあるそうなのでまだよかった。



次は、今までの遺構を決定付けたという二つの支塁をみに!

しばらく山の中腹を横切るように道路を歩きますが
突然山の中へ!
「ショートカット」。
山を歩き尽くした方だからこそ出来るのですね。
ついていくのみ( ; ゜Д゜)


ひょいとでた尾根を少し下ると!
【入野支塁】
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ひゃー堀切!
ここは府中街道(駿府〜掛川)だそうで
遮断系堀切。土橋もなし。
左右は自然地形の崖のようで両サイド落ちています。
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この規模、10月に見た遍照光寺城の掘切と同じくらい。
もうひとつの堀はかなり埋まってしまっていますが土橋がみられました。


次はこの隣の尾根へ移動!
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【村良支塁】
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こちらは補給連絡路のため土橋もしっかり。
一騎駆け
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麓の岡部氏館から桂島陣場へ情報伝達や物資の運搬などの役割のための通路だったそう。
入野支塁と同じくらいの高さで、
さらにここから花倉城も見えました!


さらに最初の神入寺跡ともそんなに標高が変わらなかった気がします。
帰りは行きなり最初の場所に着いたので驚きました。



どれもしっかりした遺構が見れて感動です!
これが今川側が恵探側への守りのために作ったと考えられる遺構ですよ!
残ってるんだもんな(/_;)何か感動です。


最初あそこ登ったんだよと聞いて一同びっくり!
はじめに聞いておかなくてよかった。
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これらすべての遺構が、この場所に造られるべくして造られた遺構であり
「掘り切るならここ」
「駐屯するならここ」
というように、当時の人の考えが感じられるものでした。


城郭単体だけではなく、敵と味方の攻防戦を広い視野で感じるという点で、今回は特に勉強になりました。
最近古戦場歩きをしていなかったせいもあるのでしょうか。
なかなか地形を読みとくのは難しいですが
楽しいです。
当時の人は詳細な山の地図などなかったのだから全て歩いて覚えたんだろうな。


静岡の有名な山だけでもハイキングに行こうと決めました(^-^;


私のような趣味で城跡を訪れるものにも、このような機会があることを嬉しく思いました。
とても静かな葉梨の里が、
一時期はピリピリした戦場だったんだと感じることが出来てよかった。
またひとつ土地の歴史を知りました。


あまりにまとまりのない感想ですが
自分の記録として筆を走らせました。
一緒に行って下った方々、ありがとうございます!
周辺また散策してみたいと思います!
posted by さら at 23:28| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

花蔵の乱!義元側陣場を歩く!@

今月17日
今川氏の史跡を案内していただきました。


天文五年(1536年)にはじまった今川義元の家督争い【花蔵の乱】

藤枝市岡部町にある天王山系の山の中にその戦いの痕跡があります。
今回は、まさにその遺構を発見された静岡古城研究会の方にお願いをして、
案内していただきました。

2年前には花蔵の乱で破れた玄広恵探の敗走ルートとされるコースを花倉城から歩きました。
今度は義元側!

まずは十二社神社がある【神入寺跡】
この山の西にある安楽寺の末寺といわれる。

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数多くの五輪塔(南北朝期のものが多いとのこと)があり、
地権者の方によると、まだ沢山転がっているそうです。
駿河記にも描かれています。
「寺なのに神が入るなんておかしな名前。
『陣入』か?」
(゜ロ゜)!!
名前に違和感すら感じなかった…。
明治15年、梅林院の全焼火災に伴い、神入寺本堂と鐘楼が梅林院に移築されています。
今度見に行こう。

ここから山に入り、ガンガン登ります。登ります。
山に慣れてる方々ばかり(;´∀`)
最近あまり山城めぐりしてないので必死です。
尾根に出る手前にはしっかりと虎口が出現。
枡形にもなっていますし、進入路を見張る場所としての作平地もあり!
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ここからは比較的アップダウンはありません。
広めの尾根を歩いていくと、土塁と堀が横たわっています。
【コッチ番(桂島陣場)】
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※静岡古城研究会が当初報告したものには「桂島陣場」とある場所ですが
最近はこちらが【コッチ番】、
「遠見番所」とされていた所が【向番】だろうという説になっているそうです。

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この堀切と堀をみると、向いている方向は西。
恵探の籠る花倉城方面。
このスペースを駐屯地として使ったのかもしれません。

この少し先からの南側の景色
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写真右が方ノ上城(恵探側)
うつってないけど左が花倉城(恵探側)です。
真ん中にぽつっとあるのは朝日山城(今川側)
しばしこの景色を眺める。


いくつかの支尾根があって迷いそうです。
案内がなければ確実に迷います。

途中の小遺構は、コッチ番、向番それぞれへの連絡を迅速に行うための中間地点で
「声での伝達が可能な距離」
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兵士が見えてきたと思ったら、声も聞こえてきました。(脳内戦場)
実際にやってみたい。


【コッチ番】(天王山山頂周辺)

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尾根の手前の谷間に駐屯できるくらいの広さがあります。
花倉城への最前線基地。
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ここでお昼です。
瀬戸の染飯。「恵探敗走ルートツアー」の記事でも登場しました。
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「信長公記」にも登場すると教えてくださったしみずさんに感謝です!!
ありがたく復刻版染飯を頂戴。このもちもち感たまらんです。また食べたい!
(藤枝のスーパーに売ってるらしい)


まだ続くので記事を分けます!
次はこれらの遺構を確信づかせたという二つの支塁!





(参加者)o(^-^o)
サイガさん
さら
しまささん
しみずさん
ちずさん
posted by さら at 23:36| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月26日

今川オフ会2日目A見性寺〜増善寺〜駿府城

2日目後半です!

静岡市葵区新間にある見性寺。
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見性寺に奉納された今川氏、武田氏、徳川氏の書状(複製)を見ることができます。

当初は建穂寺の一僧坊(僧が生活する宿舎)だったそうです。
建穂寺については今度じっくり調べて見たいですね。一応行ったことはあるのですが。
一時期衰退していた寺を、この地の領主であり、小瀬戸城主の朝比奈氏(今川氏の重臣)が開山し、見性寺としたそうです。

池の鯉が悠々とおよぎ
大きな鐘もつくことができます。(百円)
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お次は

増善寺

今川義元の父、今川氏親の菩提寺です。
今川氏を戦国大名にしたのは氏親だと言われています。
まさに戦国大名と呼ばれるさきがけ。
ここでの葬儀は曹洞宗最高の法式で九日間にわたって行われました。
山門が安倍川の対岸にあったとか。

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お願いすれば氏親公の木像を見せていただけます。
お願いすればよかったと後悔(>_<)
こちらの木像は1630年前後に作られたものです。

氏親公お墓。
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最後は皆で発掘調査中の駿府城へ!
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みなさん「大きい!」と驚いてました。
そうですよね。大きいですよね。

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角石

四つ足門や外堀櫓台跡をみて、解散の運びに。
新幹線の時間まで少しあったので数人で打ち上げしました。
感想が聴けて嬉しかったです!


今川氏にスポットを当てたオフ会なんてどなたか興味あるかしら?と思ってましたが
たくさんの方が参加してくださって嬉しかったです。
私にとっても最初の認識は「信長に負けた人」だった今川氏。
私が静岡出身でなければ、未だにそのイメージは変わっていなかったかもしれません。
たまたま静岡市に生まれて、歴史、城が好きになったから知ったことが沢山あります。
でも、歩けばどこでも歴史にぶつかるw
そこのお寺もそこの川辺も、どこかで今川氏や徳川氏と関わりがあるかもしれない
なんて思うと、知れば知るほど地元に愛着が湧いてきますね。
歴史好きになって良かったと心から感じる瞬間です。

まだまだ知らないことばっかりですが
今川オフ会第二弾できたらいいな(´∀`)
なんとなくでも「この地に今川氏根付いてるよー」って知ってもらうだけでも
次の大河で今川義元を見る目が変わってくると思ってます!!

参加してくださった方々、ありがとうございます!
また静岡来てくれると嬉しいです(ノ∀`)


posted by さら at 20:55| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月25日

今川オフ会2日目@ 遍照光寺城〜高山寺〜普門寺〜普門庵跡〜

二日めは藤枝市へ!
今川初代範国が今川館をおいた地域、葉梨周辺〜瀬戸谷へ。

遍照光寺は、花蔵の乱の時、玄広恵探が住職をつとめていたお寺。
今は遍照寺といいます。
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その裏山が城です。
お寺の方に許可をとり、いざ‼

とてもいい感じで堀切が残っていました!
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今回は花倉城には行きません。
花倉城から追われて反対側の山に降りた恵探がたどり着いた、高山寺。
当時は七堂伽藍の大きな神社だったそう。
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ここからさらに追われた恵探は普門庵へ逃げ込み、遂に自刃します。

現在普門庵はなく、
その後恵探を弔うために太原雪斎が建てた普門寺が少し離れたところにあります。
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この階段は車の道路ができる25年ほど前まで皆さん使われていたそうです。
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雰囲気いいですね(*´-`)
掛け上がるメンバーを見送る私…
とある漫画に出てくるシーンの再現を皆でしてました(笑)


到着後、特別にご住職がお経をよんでくださり、さらに御本尊の奥まで見せてくださいました!
サプライズ喜んでもらえてよかった!
雪斎和尚の木像、位牌、さらに恵探の位牌も手前に並べてくださっていました。
オフ会で皆でお経を読むというなかなかない経験が出来ました(^-^)

そして普門案跡
玄広恵探のお墓へ
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近所の方にもあまり知られていないようです。

周辺は畑が多く山に囲まれた静かな瀬戸谷。
最近は新しい家も増えてきましたが、あまり変わらないでいてほしい景色です。


次は長慶寺へ。
太原雪斎が晩年を過ごし、亡くなったお寺。
今川三代範泰の菩提寺でもあります。
普門寺の住職のお弟子さんということで
連絡してくださいました!
そしてこちらでも特別に雪斎の木像、位牌、今川範泰と今川義元お二人の戒名がかかれた位牌も見ることができました!
こちらではしみずさんの質問のおかげで1つ賢くなりました(*´-`)
しみずさんのblog【歴旅.こむ】
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11/10頃には太原雪斎の月命日があるそうです。
命日の10/10には臨済寺に集まって法要が行われているそうですね。
お寺のこと、仏教について詳しくないのでもう少し勉強したくなりました(^-^;


次は静岡へ戻ります!
posted by さら at 09:06| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

今川オフ会1日目臨済寺〜賎機山〜龍雲寺

前から今川オフしたいといいつづけ、やっと出来ました!
臨済寺の一般公開日が土曜日だったことと、自分の心情が大きく関係して、この時期に出来たと思います。

共に幹事をやってくださった流星さん、ちずさんありがとうございます!

そして12名もの方が来てくれたことにも感激でした!
詳しくはしみずさんのブログをリンクさせて頂くとして←

まずは臨済寺!
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待ってたら今川さん登場した!
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自分が行った中では過去最高の混み具合を見せた土曜日の一般公開。
平日でも最近人が増えたなぁとか思ってたら、茶室へ登るための整理券をもらうために行列が。
おかげで雪斎の袈裟みるの忘れた( ´△`)
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相変わらず古文書がたくさん見れて嬉しいです。写真もOK。
今回は読めるかたが一緒だったので内容が分かって嬉しかったです!
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義元公

今川廟はなぜか開いておらず。
いつも開いてるんだけど…。
お墓も皆さんでお参り。

お昼は近くのお蕎麦屋さんで食べました!

そのあとは駿府城詰めの城、賤機山城へ!
浅間神社では七五三していましたね。

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賤機山古墳
実はすごい古墳もあります。
昔からこの辺りは人が住んでたんだってわかりますよね。
古墳時代は市内はもっと川が流れていたんでしょうね。
大昔は静岡も清水も入江だったそうですよ。

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谷津山がバッチリ見えます。
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堀切
遺構は少ないですが地形的にも重要な城ですよね。
駿府の地形見ると、ここにしたのが考えられたものだったんだとわかります。
もちろん駿府城以前に
今川館があったので、その考え方は今川氏時代にも当てはまるってことですよね。

夜の飲み会での賤機山城話
・鉄砲の匂いはしない
・距離感が鉄砲じゃない
・石や弓での戦闘
・奥の竪堀は先鋭的

自分じゃない人が登ると賤機山城のチガッタ一面が知れて嬉しいです。
匂いが分からない私は自分まだまだだなって分かります。

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文化財資料館で今川氏ゆかりの地を紹介する映像を観賞。

そのあと寿桂尼のお墓がある龍雲寺へ!
相変わらずの藪藪でみなさんもびっくりされていました(>_<)
来年には綺麗にしていただきたいな。
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50mほど先なのに道を間違えるというf(^_^;
前方見えなすぎ

無事お母様にもご挨拶できました。
詳しくはこちらの記事でどぞ
http://akiusagi-apple.seesaa.net/s/article/437385716.html

夜の飲み会も盛り上がりまして
二次会にはあむさんも到着してお城や歴史の話を(´ω`)

信長に負けた武将としか有名でない今川義元ですが
みなさん興味をもって今川氏を見てくださっていて、話を聞くだけでなんだか涙が( ´△`)


2日目もあるとか幸せです!
つづく

posted by さら at 06:43| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月20日

臨済寺一般公開2016.5

今年もこの日がやってきました。
以前書いた記事は
初めて行ったときの驚きや興奮が感じられるものでした(^_^;)

数回行ってるのに自分の知識が変わっていないことにがっかりです。
もっと勉強しましょうか…。


とはいえ、ここが今川氏親の菩提寺であり、今川館の詳細が明らかでない今、
今川氏の拠点のひとつくらいに思えるものです。

今年はなんでこんなに人が多いのかというくらいいらっしゃいました。

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崩れたのかな。

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(太原崇孚と開祖大休宗休)

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階段が面白い。

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今川廟

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今川氏親のお墓
と、範政(四代)、範忠(五代)、義忠(六代)、定恵院(義元の妻)のお墓が並びます。

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太原崇孚のお墓

富春院にあるお墓。
当時は天澤寺に葬られたそうです。
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明治36年の地図だとお寺ではなく
「今川義元墓」とありました。
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もっと古い地図を見てみよう。

次の公開日は10/15
今川オフ会やっていただけるようなので
今から楽しみです。
少しづつでも知識増やしていこう。






posted by さら at 08:14| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月30日

寿桂尼の墓―龍雲寺―

愛宕山(城)の麓に今川義元の母寿桂尼の菩提寺があります。
寿桂尼の小説を読んでいるところだったので
立ち寄りました。

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数年前にも行きましたが、相変わらず草がすごいです。
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もう少し見晴らしよくしてほしいです。
亡くなる8年前に桶狭間で義元をなくし、
今川の行く末を案じていたんだろうな。

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奥にあるこの三つのうちのどれかが寿桂尼のものだとか?
(はっきりわかりません)
せめて竹を切ってください。
来年の大河で「今川氏」は多いに出てくると思われるので
整備をしてほしいです。
今川氏に興味が湧くような演出を願うばかり。
雰囲気はいいので草刈りだけすればすごくいいと思うのだけど。


愛宕山城もすこしだけ寄りました。
今度またちゃんと歩こう。

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堀切
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2016年04月03日

福王寺−今川範国の墓−

磐田市はあまり行きませんが城仲間さんに案内して頂きました!
ありがたいです!
地形を見るために磐田もっと行きたい衝動がすごい。


【福王寺】
先週行ってきました。
目的では無かったのですが偶然!
今川範国さんのお墓がこちらにありました。

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今川範国(のりくに)は駿河今川氏の初代です。
南北朝時代、足利尊氏に従い北朝軍として活躍し、
その功績によって遠江・駿河の守護職に任じられ
この地を守っていくことになります。

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お墓は磐田市前の定光寺にもあるようですね。(wiki)
一応「伝」とありました。

福王寺は安倍晴明が祈祷を行った場所ということでも有名らしいです。

山門もすばらしです。

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今頃桜が綺麗に咲いていそうですね。


ここから見ると磐田原台地に向かっての高低差がすごいです。
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(これは台地側からみた写真)

登るとそこには
【城之崎城】がありますのでぜひ一緒に!
高校と城山球場になっております。

次の記事で。
タグ:今川氏
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2014年06月05日

花倉の乱の舞台へ

静岡県藤枝市で開催された「藤枝おんぱく」藤枝温故知新博覧会のイベントの一つに、
【花倉の乱探訪ツアー】があり、参加しました。
花倉の乱とは、言わずと知れた今川家督争いです。
今川七代氏輝の急死により、兄だが側室の子である今川良真(以下玄広恵探)と、正室の子である今川義元が争うことになったのです。



参加すると若い女性が多くてびっくりしました。地元出身の俳優さんが一緒に来ると宣伝していたのでその方のファンらしいです。私のような城好きさんもいたようで、嬉しかったです。



藤枝駅からバスを乗り継ぎ「中田」バス停下車。
葉梨公民館で出発式!
今川義元役と玄広恵探役の方の小芝居に賑わいつつ、
「えいえいおー!!」で出発。

ここからひたすら歩きです。車でも通ることがある地域だったので「こ、ここからかー」とびっくり。

旗がたくさん。これはすごくいい!!
持って歩くのは大変ですが(^^;)



まずは長慶寺でごあいさつ。
【伝今川三代泰範と太源雪斎の墓】


↓花倉城。手前の山。ここまでのぼります。

300mくらい。
新東名が横切ってます。


この辺りから見える周辺の山にも城があり、花倉の乱でも使われたと考えられるそうです。
城と城との距離は3キロがちょうどいいと覚えておこう。

こんないい看板がありました。


この看板のすぐが遍照寺で玄広恵探が住職をつとめていました。
背後は遍照光寺城。別名花倉の今川氏館。
駿河国に入った今川範国がここに館を構えた場所らしいです。
ここに【今川二代範氏、範氏嫡男氏家の墓】があります。

この辺りぶらぶら歩いてみたいですね。
新東名で景観変わってしまいましたが。


ここからぐんぐん登りに入ります。

あと少し。


2時間ほどで花倉城入り口着です!
土橋がお出迎えです!(皆様の足とぱしゃり)






以前は知らなかった北の堀切

尾根を堀切でスパーンと切ってます。
大手は土橋一本。

ここでお昼。
瀬戸の染飯(そめいい)

もちっとしてて美味しいです。

さて、ここからは玄広恵探の敗走ルートです!
花倉城から尾根伝いに山を下ります。
途中の烏帽子形山頂


ひたすら歩くんです。

下りながら恵探は何を考えたのでしょう。
必死だったでしょうか。
といいますか、一度仏門に入った承芳と恵探に家督を次ぐどれだけの想いがあったんだろう。
この時代兄弟同士、親子同士の戦なんて珍しいものではないだろうけど、
その「やるせなさ」みたいなものは感じることはあっただろうなとぼんやり考えました。周囲に翻弄されるっていややろうなぁ。

山を下った恵探軍たちは高山寺に逃げ込みますが、義元軍に追撃され、恵探は数人の家臣と普門庵で自刃します。
【伝玄広恵探のお墓】


皆で御焼香させていただきました。

ここから瀬戸谷温泉ゆらくまでバスでいって、汗を流して解散というツアーでした!!


こんな今川氏のツアーを企画して頂けて本当に嬉しいです。
企画運営の藤枝おんぱくの皆様、ガイドしてくださった静岡古城研究会の皆様、
何より地元の方々がこのツアーの数日前にルートの整備をしてくださったようで、
急な山道も大変歩きやすかったです。
ほんとうに感謝です。


自分達で行く楽しさも好きですが、
案内していただくと勉強になってまた楽しいですね。
機会があったらまた参加します!!





posted by さら at 08:48| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

臨済寺A

さて、ご祈祷見学を終えまして

お隣の開山堂へ

臨済寺を開山した太源雪斎と大休宗休の木造があります。
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大休宗休和尚
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太源雪斎和尚
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ちょっと恐い…
どうしても下から撮らせていただくしかなくて
見下されている感が…。

方丈へつづく廊下を歩きます。
後ろの庭園が見えてきました。
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国の名勝に選ばれています。
岩肌にところどころ石垣がつまれていますね。
石仏なども点在してるのが不思議。

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動物(?)もいます
臨済寺石像.jpg

そして方丈へあがります。
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まずはご挨拶。
今川義元公と兄の氏輝公の木造です。

義元氏輝木造.jpg

これが何年に誰によって作られたものなのか分かりません(勉強不足)
次の一般公開のときに聞いてみようとおもいます。

でも案外ここに修行に来てる若いお坊さんに聞いても
歴史のことは分からないようですが。

方丈には様々な貴重なものが展示してありました。

静岡県指定文化財
徳川家康公寄進の【千鳥図屏風】
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もっと大きいですがちょっとだけ☆(ただ写真がなかっただけ;)
他の展覧会なんかでガラスケースの中に展示されていたりしますよね?
あと資料なんかでも、臨済寺所蔵とか。


こちらの展示物は全て写真OKとのこと。
ガラスケースもなく、目の前ほんとにすぐ近くで見ることができます。
もちろん大変貴重なものばかり!!

書簡もとにかくたくさんあります。
家康や義元の寄附状
いろんなの御判物
信玄花押.jpg義元花印.jpgCIMG6833.JPG
古文書や読めるようになりたいと強く思った瞬間です。
あぁ花押かっこいい!!

義元の陣中書簡に決めて、読めるようになるという目標はたてた!
が、全然わかりませんw地道に頑張るつもりです。



方丈の正面
方丈真ん中.jpg
二つの掛け軸の肖像は
太源雪斎と大休宗休です。

この後ろに数多くのご位牌があります。
義元の夫人・定恵院(信玄の姉)や、
家康が江戸に国替えしたあとの駿府城主・中村一氏 など



最後の間に…。
大仏の頭.jpg


そして書斎(?)
方丈真ん中.jpg
階段を少しあがった所にある部屋です。
大変貴重なお宝があります…。

太源雪斎の袈裟が!
雪斉使用袈裟.jpg

春日局使用…?
春日局所持.jpg

ちょっと狭苦しそうに並んでいてもったいないですね;


そしてここに、竹千代手習いの間が復元されています。
家康手習いの間.jpg
当時のものは武田信玄の駿河侵攻の際に消失してるので
これは江戸時代に復元されたものです。

駿府城の巽櫓でもこの復元が見れます☆

と、わたしはここで人質となった家康が雪斎に勉学を学んだのだと思っているのですが
隣の区、清水区興津にある清見寺にも手習いの間があるそうです。
清見寺にはまだ行ったことがありませんが
こちらも歴史の深いお寺で、国の史跡、名勝に指定されています。


さて、この部屋から狭い階段を上ると、茶室があります
DCF00052.JPG

DCF00011.JPG

茶室.jpg

tyasitu.jpg

広角レンズが欲しい…というかまず一眼ではない…。

小さな部屋が二つあり、奥が茶室ですね。

写真では見えませんが、たしかここから駿府城が見えました・・・。
茶室からの景色.jpg


人があまりいなければ、ここでゆっくり景色をみたいですね。








タグ: 今川氏
posted by さら at 21:02| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする