2017年01月01日

2016→2017

あけましておめでとうございます!

去年は主に県内の城に行きました。
たぶん今年も同じような感じでしょうね。
基本宿泊は無理なので日帰り圏内で。

大河ドラマは
真田丸→おんな城主 直虎
切り替えて、
完全に切り替えれば楽しめます(゜ロ゜)
私は楽しみです!
今川家がどんな風に描かれるのか。


歴史だけ限らず、地元のことをもっと知れる一年にしたいです。


酉年!
鳥は好きですか?
私は好きです!
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今年もよろしくお願いします。
posted by さら at 20:34| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月18日

九州の地震。

2016年4月14日熊本で直下型の地震が起きました。
その後の本震、余震も震度が大きくてほんとうに怖いです。
ニュースで見てるだけなのに怖いとかいってすみません。
熊本に知り合いの城ガール隊の方が数名います。
避難しているようです。
避難所生活で大変なことはなんでしょうか。
水や食料、この時期は朝晩はまだ冷えますか。
トイレは人数が多いとどうすればいいのでしょう。
毛布だけでは体も痛むだろうし、お年寄りや体が不自由な方はどうしているのか。
ニュースでは建物の崩壊や、地震のメカニズムが多い気がします。
より地元の放送局ではもっと現実的な放送をしてるのかな。
東日本大震災の時もずっと思っていたことです。
でも私は何もできないから、
何かしているメディアの方が誰かの役には立っていますよね。
ほんとに困ってる方々に向けて役に立つ情報を!と思わずにはいられません。
一日でもはやく安心して眠れる日がきますように。

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自分の備えている防災リュックを見直しました。
今、必要としているものは何だろうか、
何がなくて困るのだろうか、
食料一週間分計算してそろえることからはじめようと思います。
今まではなんとなく普段の備蓄を多めにというだけでした。


熊本市長が、ほとんど寝てないためか少ししゃがれた声でニュースに出ていました。
「救援物資が大量に届いているがそれを仕分ける人員がいない。絶対に届けます」
と目を潤ませていました。
悔しさが伝わってきました。
自らも被災されている中、市民県民の救済に尽力している公務員さん、ありがとうございます。
こんなときがからこそ、誰かがではなく自分がと言えるようになりたい。
静岡でも起きる大震災に備えて何をすべきか考えなければと、この日にブログに残します。

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熊本城は復興の象徴になるはず。
必ずまた行きます。

阿蘇も。
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余震、早くおさまって。
タグ:雑談
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2016年03月11日

3.11 5年経過

東日本大震災から5年たちました。

大きな地震の恐怖も、
あの津波の恐怖も、
私が想像するものより遥かに上で、
ここで何かを語ることもできないのですが

忘れないためにも、
震災の怖さを覚えておくために
この日は涙をぼたぼた流しながら津波の映像をみます。
この日しか見れないのですが。
あとまた東北へ行きたいです。

石巻
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塩竈
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タグ:雑談
posted by さら at 22:19| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月15日

一ヶ月。

引っ越して一ヶ月たちました。
三日目で段ボールは片付きました。

一週間もするとあっという間に慣れました。

狭くなった分掃除も楽だし
物を探すのも楽だし
なかなか快適です。

ベランダ菜園は出来ないけど。
畑もやめたのでそういう楽しみがなくなりました。
街には出やすいので買い物回数が増えますね。


綺麗に暮らしていきたいと思います。
posted by さら at 11:46| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月13日

引っ越し

このブログはどこかに行ったことを書いていこう思ってたのですが
今や雑談ブログ。


実家の引っ越しが決まりました。
今住んでいる戸建てから
マンションになります。
常々もっとシンプルな暮らしがしたいと思っていたので嬉しさもあります。


荷物をどれだけ減らせるだろうと思ってましたが
まだまだ私はいろんな物に未練があることが分かってうんざり。

これから細かな荷造りなので
箱詰め頑張ります。


畑は枝豆の収穫とともに一旦終了。

引っ越しが落ち着いたら
また一から探してみようかな。
ベランダ野菜はあまり出来ないようだし。
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さてまだまだこれからです。
寝不足と戦いつつ…




posted by さら at 03:39| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月17日

春の勢い

春の芽吹きの勢いの良さに毎年感動します。

私たちがどんな生き方をしても、地球は回ってるし、
時間の流れは一定。

人にあんなに綺麗だと思わせる植物たちって
何なんでしょう。
人が発展していくのも自然の摂理の一つなら
変わらず毎年花開くあの植物たちは
何なんでしょう。
これが人と同じ「創造物」なのが不思議です。

そう考えていると
どうにもならない不思議を補うためには
神様が必要なのかな〜と思ってしまいます。
そうしか考え付かない自分も嫌なのですが。

進化論でも、創造論でも、
どっちにしてもはじめのどこかの命が発生したのは確かで。

寒い冬から暖かくなって変わっていく景色をみると、
謎なぞだらけの世界の不思議を目の当たりにしているようです。

そんなこんなで
ベランダや畑のものもぐんぐん成長しています。
暖かくなると成長が早いですな。

本日初の収穫です。
スナップえんどう。
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不格好なとちおとめも色づいてきました。

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畑のキャベツも丸まってきたぞ。

私がやった玉ねぎはほんと心配…。

さて、まだいろいろ植えたいから
すっきり晴れてください!



posted by さら at 10:21| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

桜は何故咲く。

桜や花ってなんであんなに綺麗なんでしょうね。
私たちが「奇麗」と思うように花が咲く。
不思議だな〜。
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posted by さら at 18:09| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

土いじり。

とらわれないブログにしないと続きませんな。
久しぶりの記事になりました。

あまり城には行けていませんが
なんとかやっております。


少しずつ暖かくなって
土いじりも楽しくなってきますね。
ご近所を見ると結構皆さん玄関先でいろいろ育ててますね。

私も頑張ろ〜。

私が植えたのではないけど
キャベツ
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今日は種から育てたスナップエンドウをやっと定植。
いっぱいなってほしいなー。
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イチゴは難しい気がするんだ…
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毎日少しだけ目をかけて育っていくのが可愛い。
忘れないようにしなくちゃ。


先日は城ガール隊の遠征でした。
なんと第七回!もうそんなに。
群馬でしたね。
わたしは行けませんでしたが
ツイート写真をみてたら、すごい遺構ばかりで
悔しい思いをしていました(^_^;)

いつか必ず行こう。。


今は今しかないし、体は一つしかないので
「しょうがない」んですね。
他人に言われると若干腹立ちますが
自分にはこの言葉で納得させています。
仕方ない仕方ない。

暖かい風に吹かれまして
少しだけ気持ちが前向きになっています。
これでも(^_^;)


こんなブログでも更新していこう。

posted by さら at 16:52| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月06日

宮城県D感想

石巻に行って思ったこと。

今回の旅行に行く前にブログに書いたように
「私は現状を見たら、何を感じて、何を考えてくるんだろう。それで何かがかわるのか」
と思いながらいきました。

それは、ここでいくら考えても、思っても、テレビや記事以外の情報を何も得なかったから。
自分の中でさえも形にならない感情をどうにか出来ないかと、とにかく東北へ行こうと決めました。

被害の状況を目の前にして思ったことは、考えたことは、
やっぱり言葉にまとめることは出来ませんでした。

でも、それでよかったんだってことが、後でわかりました。
私は東北を知りたかった。見たかった。
自然の驚異を、爪あとを、目の前で見ておきたかった。
そして本当は、ここに住む人たちと出会い、触れ合い、もっと知りたい。

わたしが数時間で歩いて見れる範囲なんてほんとうに少しです。
ここで亡くなった方を思うよりも、わたしはここで暮らす今生きている人を思いました。

どうしてこんなに遠かったんだろう。
「被災地」「被災者」という言葉でどんどん遠ざけていたのかもしれない。
東日本大震災でうまれた大きな悲しみ、それさえも一括りにしたくないような。

人によって被害状況は違う。
今の現状も違う。
震災の影響が今も続いてるんだっていうことを忘れないで
これから何度も足を運びたい。
もっといろんなところに。
女川町まで行けばよかったなぁ。


観光で綺麗な海も景色も見れたし、美味しいものも食べれたし☆
何よりボランティアの話が聴けてよかった!
一人でも農作業のボランティアができるみたい。
農作業やりたいから嬉しいな。
なかなか離れなれない現状だからいつになるか分からないけど
今度は出会いを求めて行こうと思う。

明確な答えを求めていったわけではなかったから
何かつかめたなっていう感覚はある。それでよし、だ。

次の旅もそうやって一つづつ、何かを感じていこう。
最後に帰りの新幹線で食べた駅弁!本物にはお会いできませんでしたのでw
すっごく美味しかったー!駅弁っておいしいね!
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こんな一個人の勝手な思いを読んでくれてありがとう。
タグ:雑談 旅行
posted by さら at 23:26| Comment(3) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月20日

宗教観。

ちょっと雑談。※長文です


物心つく頃には親の影響でマイナー宗教に入っていましたが、
信じることはできなくて、止めました。
実際どんな教えなのか、よくわかっていません。


日本に多い「仏教」とか「神道」とやらもよく知りません。
どちらかといえば「キリスト教」系だったのですが、子供の時から行事は一切やったことがありませんでした。
家族の誰の誕生日も祝ったことはないし、日本古来の行事なんかも話題にすらしません。
この辺はわたしを形成していく上ではかなり影響しています。



止めた今では、宗教めいた考えを強要されると一歩引いてしまいます。
あまりに生活・習慣の中に染み付いているから「強要してる」なんて思われないですが。
というかもう、それはマナーなのか、宗教の教えからなのかも曖昧で困ります。



神社で手を合わせたり、お賽銭入れて何かを願ったり、祈ったり。
お線香あげて、お経をよんだり。
教会にいって賛美歌歌ったり。
一体何に祈って、願うことがあるんだろう。
って思ってました。


でも、すごく自分がダメになったとき
抜け出せない自分を何とかしたくて、
信じる力ってのを借りてみたいと思うようになりました。


願えるなら、願いたい、未知数なものにすがりたい。
それでどんなに楽になるんだろう。
信じられるものがあるっていうのは。
感謝できるものがあるっていうのは。


「そういう気持ち」を持ちたいと思って
友人が入っている宗教に数度行ったことがありました。
家族には嫌悪感まるだしで心配されましたけど。


産まれつき足の不自由なその友人は、どんなときでも笑顔で
まっすぐで、病院でもすぐに人に好かれていくような人です。
お母さんも、いつも笑顔で、逆に私のことを心配してくれて。

あぁこの人たちは何に守られているんだろう。
何を信じていたらこんな風に穏やかに、優しく生きる力が湧くのだろう。


その教えの発端や、体験談をきいて、
三回ほどはいきましたが、無理でした。
そう簡単にいくはずはないと思っていましたが、藁をもすがりたい心情でしたからね。
でも、それを信じる人たちが生き生きしてる様はよく分かったし、
その気持ちはやっぱり羨ましくも思いました。
けれど、わたしに信じられるものではありませんでした。

今ではやっぱり「無宗教」信念について考えようかと。
それか、「神道」
そんなこと考えなくたって今の世の中生きれるんですが、
育った環境ですね。
考えちゃうんですよね。
自分の終わりが見える前までにまとまればいいな。




無宗教を掲げ始めた頃のわたしに
昔の宗教のしがらみを感じさせた言葉が
「運命」でした。


すごく悩んでいた時、それを相談した方に
「それが運命なんだよ」て言われてはっとしました。
ともすれば突き放しているようで、でもこの時はものすごく納得しました。


私の教えの神様は、人の人生を運命づけてはいませんでした。
人間には選択の自由を与えられ、自分の信仰心を試されます。
わたしにもっとがっつり信仰心があったなら、神に祈ることもしたのかもしれないけど。

だからこの時は、
「そうか、こうなる運命か。こういうときに運命って言葉を使ってきたのか人は。運命って明確じゃないけどひとまず混乱は落ち着いた」
という気持ちでした。


今まで自分で「運命」なんて全く思わなかったのは「神様」の存在が近くにあったからなのかと思ったわけです。
運命と、神の意思は遠い。(私の神様は)




でも、今は使いません。
神様の次に「運命」にも臆して生きたくはないので。




信じるものも、信じたいものも特にないから
あるがまま、あるのままを見るだけにしたいんだ。
自分の想いはちゃんと感じていたい。



自然には感謝。
そこに「神」の力と感じる畏怖の念か湧き上がっても不思議じゃない。


なので私は自然という確実にそこにある強大なものにいつも魅せられ、ひかれていきます。

数年後にできればいいけど、いつか
里山で暮らしたい。
自然に感謝しながら、人が生かされていることを感じながら。



長文失礼しました。
また考えが変わったら書いておこう。
posted by さら at 17:40| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする