2016年05月20日

臨済寺一般公開2016.5

今年もこの日がやってきました。
以前書いた記事は
初めて行ったときの驚きや興奮が感じられるものでした(^_^;)

数回行ってるのに自分の知識が変わっていないことにがっかりです。
もっと勉強しましょうか…。


とはいえ、ここが今川氏親の菩提寺であり、今川館の詳細が明らかでない今、
今川氏の拠点のひとつくらいに思えるものです。

今年はなんでこんなに人が多いのかというくらいいらっしゃいました。

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崩れたのかな。

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(太原崇孚と開祖大休宗休)

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階段が面白い。

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今川廟

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今川氏親のお墓
と、範政(四代)、範忠(五代)、義忠(六代)、定恵院(義元の妻)のお墓が並びます。

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太原崇孚のお墓

富春院にあるお墓。
当時は天澤寺に葬られたそうです。
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明治36年の地図だとお寺ではなく
「今川義元墓」とありました。
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もっと古い地図を見てみよう。

次の公開日は10/15
今川オフ会やっていただけるようなので
今から楽しみです。
少しづつでも知識増やしていこう。






posted by さら at 08:14| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月17日

松岡城跡、松源寺-亀之丞(井伊直親)ゆかりの地-

井伊直虎のいいなずけ、亀之丞(直親)が、今川義元に命を狙われ井伊谷から逃れてくるのが
井伊氏(龍潭寺)と繋がりのあった松岡氏(松源寺)のもとでした。
というわけで、
長野に行ったついでに行かねば!と思っていた高森町へ。


歴史資料館で頂いたパンフレットによると
平安時代から続く豪族で、徳川家康により改易されるまでの約500年の間、市田(高森町)の地を支配していました。


松源寺は今は松岡城跡にあります。
亀之丞がいた時代はもっと山の上の方だったようです。
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お寺にも直親ゆかりのものがあるそうなのですが、尋ねませんでした。
お寺だとちょっと尋ねにくいですね(._.)

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松岡城の保存状態はかなり良いです!
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新緑がきれいでした。

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少し歩いただけなので、竪堀などみれていませんが、
堀も土塁もよく残っていました。
そしてとにかく眺望がいいです。
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先に高森町歴史民俗資料館「時の駅」へ行きました。
知らずに行ったのですが、この地で日本最古の貨幣「富本銭」が出土していました。
日本では三ヶ所だけだそうで。
良い馬がたくさん飼育されており、東山道を通る人に重宝されていたようですね。
下伊那に古墳がたくさんあったことも知りませんでした。
松岡城の周辺も支城がたくさん。
手書きのパネルがすごいです。
開館当時(35年ほど前)からのものだそうです。
(撮影可でしたのでパシャリ)

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井伊直親関連の展示も少しありました。

あまりに有名じゃないことも、小説が史実と思われてしまう典型な気がしますね。
本当はどうなのか分かりませんが、なんとなく筋ができてしまっている感がします。
「許嫁」であったというだけで
次郎法師と亀之丞が惹かれてたかもわかりませんし、
法師になったのが亀之丞と結婚出来なかったからだとかいうのは。うーん。
そう思うものなのかな。

というか、私がどうしても恋愛一辺倒にしたくないだけなのですが(;^ω^)
私がよく言う「本当はどうなのか分からない」「資料が乏しい」も
本当のところはわかりませんしね。ちゃんと調べた訳ではありませんので←
現地に行って適当におもいにふけるのが調度いい感じですね。
「本当のところはわからない」っていうのは、
私のは信条みたいなものです。


でも、大河ドラマとしては楽しみなことに変わりはありません!
小さいけれどよい町歴史資料館だったので
行く機会があればぜひ。
また来年に向けても企画展などやるのではないでしょうか。

高森町歴史民俗資料館
http://takamori-tokinoeki.com/
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posted by さら at 22:47| Comment(0) | 長野の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月08日

大給城OGYUU。

城ガール隊の東海北陸支部オフ会で大給城へ行きました。

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巨石ってなんだろう。
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なんでここにあるんだろう。
周辺の地質も気になってきました。
この巨石郡をうまく利用して大給城がつくられたんですね。

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石塁が土留めとして各所にありましたが、
三河における中世城郭では珍しいようです。(日本城郭大系9)

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以前も行きましたが大変感動したはずの水の手をすっかり忘れている始末(;´Д`)
はぁ。水の手カッコ良い。
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ここに水が溜まっている姿を想像していました。

すごいの一言…。
この場所を実際にどんな風に活用してたのか詳しい方に聞いてみたいですね。

いつ行っても感動できる城ですね。


この後は城ガール隊のみんなと名古屋で飲み会を楽しみました!
久しぶりにオフ会参加できてよかったです。
静岡でもまたやりたいですねー。
posted by さら at 22:52| Comment(0) | 愛知の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古宮城。2016春城ガール隊東海支部オフ会参加しました

4月に城ガール隊のオフ会(東海支部主催オフ)がありました!
久しぶりに参加したので数年ぶりに会う隊員さんたちも多くて嬉しかったー!!

しかも古宮城ヽ(*´∀`)ノ
2回目ですが、一度目は城興味ない子と行ったのでぐるっとしただけ。
今回ちゃんとみました!


土の城ー!武田の城ー!
と興奮しながら縄張図とにらめっこしてました。

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桝形いい。

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土塁を進む隊員。
まるで丸子城。

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今も周囲は湿地帯。

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この土塁の向こうがまたすごいわけですね。

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ほわー。
どういうこっちゃ。
どういう配置になるんだろう。

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ここのS字クランクの土塁がおもしろい。

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本郭から西を見る(たぶん←)



この低山をこんな巧妙な縄張にできるんだもんなぁ。
もちろん急にこんなすごい縄張りが出来上がったわけでなく、
幾度もの実戦から得たものがひとつひとつ加わって形成されていったんだろうけど。


残っていてありがとうございます!
posted by さら at 21:38| Comment(0) | 愛知の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月30日

寿桂尼の墓―龍雲寺―

愛宕山(城)の麓に今川義元の母寿桂尼の菩提寺があります。
寿桂尼の小説を読んでいるところだったので
立ち寄りました。

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数年前にも行きましたが、相変わらず草がすごいです。
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もう少し見晴らしよくしてほしいです。
亡くなる8年前に桶狭間で義元をなくし、
今川の行く末を案じていたんだろうな。

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奥にあるこの三つのうちのどれかが寿桂尼のものだとか?
(はっきりわかりません)
せめて竹を切ってください。
来年の大河で「今川氏」は多いに出てくると思われるので
整備をしてほしいです。
今川氏に興味が湧くような演出を願うばかり。
雰囲気はいいので草刈りだけすればすごくいいと思うのだけど。


愛宕山城もすこしだけ寄りました。
今度またちゃんと歩こう。

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堀切
posted by さら at 21:15| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

八幡山砦、二つ山砦―田中城攻めの陣城―

この日は志太郡周辺の城をいくつか回りました。
駿河のとなりでよく通る付近なのに行っていない城ばかり。
気になっていた場所にやっと足を踏み入れます。

【八幡山砦(やわたやまとりで)】
藤枝市の国道一号線と葉梨川とが交差する北「青山八幡宮」が八幡山砦です。
桜が綺麗な時期でした。

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青山八幡宮は、この山が京都の清水寺がある男山に似ていることからその別宮として
1063年頃に建てられたそうです。
戦国時代にはすでに500年以上経ってるんですね。

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土塁が残っていますが、どうなっていたかはよくわかりません。
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切岸下にある穴地形
何に使ったのかな。

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堀切や竪土塁(?)も見られます。
南側は斜面も急で、葉梨川が流れていて、天然の堀。
南に田中城(徳之一色城)があります。



武田領になった田中城を攻めた徳川方の陣城として「二つ山砦」がありますが、
八幡山砦も距離的にも近く、徳川方の陣城として運用された可能性があります。
(参考資料 「静岡県の城跡 中部駿河国版」)


二つ山砦も行きました。
【二つ山南砦(正泉寺山)】
主要部削平地のほかはよくわかりません。
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【二つ山北砦(藤五郎山)】
岩城神社(八幡山)となっている一帯。
かなり広いです。
昔は西側に藤五郎山、東に池田山があって、
もっと大きな陣城だった可能性があるそうです。
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葉梨川を挟んで北に八幡山砦。
瀬戸川を挟んで南西に二つ山砦(と烏帽子山砦も)。
田中城に睨みをきかせてたということがわかりました。



次は花沢城に行きました。

posted by さら at 22:23| Comment(0) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月18日

九州の地震。

2016年4月14日熊本で直下型の地震が起きました。
その後の本震、余震も震度が大きくてほんとうに怖いです。
ニュースで見てるだけなのに怖いとかいってすみません。
熊本に知り合いの城ガール隊の方が数名います。
避難しているようです。
避難所生活で大変なことはなんでしょうか。
水や食料、この時期は朝晩はまだ冷えますか。
トイレは人数が多いとどうすればいいのでしょう。
毛布だけでは体も痛むだろうし、お年寄りや体が不自由な方はどうしているのか。
ニュースでは建物の崩壊や、地震のメカニズムが多い気がします。
より地元の放送局ではもっと現実的な放送をしてるのかな。
東日本大震災の時もずっと思っていたことです。
でも私は何もできないから、
何かしているメディアの方が誰かの役には立っていますよね。
ほんとに困ってる方々に向けて役に立つ情報を!と思わずにはいられません。
一日でもはやく安心して眠れる日がきますように。

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自分の備えている防災リュックを見直しました。
今、必要としているものは何だろうか、
何がなくて困るのだろうか、
食料一週間分計算してそろえることからはじめようと思います。
今まではなんとなく普段の備蓄を多めにというだけでした。


熊本市長が、ほとんど寝てないためか少ししゃがれた声でニュースに出ていました。
「救援物資が大量に届いているがそれを仕分ける人員がいない。絶対に届けます」
と目を潤ませていました。
悔しさが伝わってきました。
自らも被災されている中、市民県民の救済に尽力している公務員さん、ありがとうございます。
こんなときがからこそ、誰かがではなく自分がと言えるようになりたい。
静岡でも起きる大震災に備えて何をすべきか考えなければと、この日にブログに残します。

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熊本城は復興の象徴になるはず。
必ずまた行きます。

阿蘇も。
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余震、早くおさまって。
タグ:雑談
posted by さら at 20:57| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日

桜咲く駿府城2016

桜満開です。
去年か一昨年植えられた桜がかなりいい枝振りになっていて、
整備された西側もきれいでした。


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このお花見!って感じ好き。

人に聞いた話ですが
遺構には桜はよろしくないそうですね。
根が這って石垣や土塁を傷めてしまうとか。

2011年の8月の地震で駿府城の石垣が数ヶ所崩れました。
石垣の上の土塁に桜の木があり、
その木が堀に倒れて石垣もガラガラと崩れていた印象があります。
そういうことなのかな
と思っていますが
やはり城が映える桜はいいなと思いますね。この時期は特に。

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でもこの石垣や土塁が崩れるのはやっぱり嫌だ(^_^;)
どう保存していくのが一番いいのかな。

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夜も賑わっていました。
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来年も見れますように。
posted by さら at 22:09| Comment(0) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする