2016年03月09日

薩摩土手−駿府城築城のための治水事業−

静岡市民も知ってる人しか知らない「薩摩土手」
静岡市中心部に流れていた安倍川の流れを変えるための土手です。
これによって今日の静岡の街も水害から守られております。
家康の命によって薩摩藩主(島津忠恒)が築堤しました。

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現在でもその一部が残り、また住宅地に埋もれながらもその名残を感じることが出来ます。
一緒に歩いてくださったサイガさんのおかげです。



家康は江戸を離れ隠居の城を駿府の地に決めましたが、
最初は今の場所よりも安倍川に近い「川辺町」付近に計画していました。
しかし、安倍川の洪水などによって打撃を受けると分かると、今川館があった場所に決定します。
ちなみに、家康だけではなく、今川時代にも治水は行われているそうです。
今川氏親の時代、安倍川と藁科川の一部を合流させています。(※1)
今の藁科川は安倍川へ流れていますが、昔は安倍川と並行して海へ流れていたようです。


家康時代の安倍川の流れは
浅間神社の南麓(宮ケ崎町交差点)を分岐に麻機沼へ(北川)、また南へも二本の支流が流れていたようです。

中町にある静岡天満宮に
ここが中洲であったという牌が残っています。

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浅間通りを通って浅間神社を右にして安倍街道を歩きますと、
妙見下付近に「井宮神社」があります。
賤機山からの支尾根の先端にあり、結構急な高さです。
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この安倍街道は安倍川が流れていただろう場所で、小さな川も残っていました!
安倍川の流れによって山肌が削られていたかもしれません。
さらに、ここが薩摩土手のはじまりの場所ということを考えても
安倍川の流れが直撃してたでしょうね。
実際築堤後も何度か決壊もしているし。

というわけで、井宮神社から薩摩土手が続きます。
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昭和39年の写真(※2)をみるとまさに土手を断ち切って道を通したというのがわかります。
当時も大雨が降って洪水の恐れがあるときは、ここに木の板を何枚も重ね
市街地へ水がいかないようにしていたようです。
現在でも坂が少し残っています。
土手の横には安倍川の名残が。

当時の土手は
高さ5.4m
天端(上)10.8m
敷(地)22m
それが一本ではなく、2本、3本とあり、流れをかえて行ったようです。
今回歩いてるのは…一番駿府に近い位置かなと予想。


昔も今も生活用水のため街中へ流れるための水門も各所に設けられていたようで
昭和40年頃までは水が流れていたようです。
その後埋められてはいますが、位置は確認できます。


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石垣
水門の近くにあるここだけしか確認できませんでしたが、他にもあるのかな?
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この先の土手は新しいもので、本来はもう少し内側にあったようなので
その痕跡を辿りました。
(歩きつつわかったことですが←サイガ先生がw)

さつま通り(内堤だった)のカーマを曲がると
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道路に高さがあるのがわかります。

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途中にあったこの古株、サイガさんもおっしゃっていました。
本(※2)にも「古い切り株が3本ある」とあるけれど、ここではなさそう。
今はないのかな。


高低差。

良い。
テンションあがっております。

写真が貼れないので
続きます。


参考文献
※1「薩摩土手と駿府城下町」黒澤 脩
※2「さつま通り 薩摩土手の築堤と変遷」朝比奈 清
posted by さら at 21:52| Comment(0) | 駿府城と城下町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新野古城(八幡平の城)−今川氏一族新野氏の城−

県別まっぷるにも「八幡平の城跡」で載っていました。
来年の大河のためか、「新野氏ゆかりの地」看板がたっていました。
城への案内の充実してます。

室町時代初期に八幡平の城、中期から後期に主要部を舟ヶ谷城に移したということで
八幡平の城を「新野古城」、舟ヶ谷城を「新野新城」というそうです。

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一城別郭でそれぞれ二つの曲輪とそこから伸びる尾根を数カ所堀切でさくっと切っています。


写真は新野古城のいろんな堀切…
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曲輪の下には通路を兼ねた堀、土塁が見られます。
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よく残っていました。


今度は舟ヶ谷城にもいかねば。
あと塩買坂!!


全景
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posted by さら at 16:03| Comment(0) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月06日

横地城−遠州の名族横地氏の城−

横地城(静岡県菊川市)

ずっと行っていませんでしたが
こちらもやっと行きました!
整備がされていて大変見やすかったです。

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山の尾根を利用した、一城別郭の城。
西の城、中の城、東の城からできていて、かなり広大です。
全体的には細かい支尾根を壇上地にして、その先を堀切でスパッと切る造り。
堀切がいくつもあります。

西の城の堀切
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横地城の堀跡は、発掘調査の結果、堆積があまりなく、現状に近い状態だそうです。


中の城の特徴は、周囲を囲む土塁と、すぐ下の横堀。
堀底0.9mと小規模。
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写真は曲輪の上から土塁越し。
堀もうっすらわかりますね。


東の城
井戸跡確認し忘れました。
谷間に一つあったけど。
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さくさくっと見たので
周辺の史跡もあわせて再訪します。
posted by さら at 21:50| Comment(0) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

小笠山砦−高天神城攻めで活用された陣城−

やっと行けました!
小笠山砦!

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家康が高天神城攻めで造った砦は六つどころではないのですが
中でも小笠山砦は最大の規模。
小笠山砦から六砦すべて見えるらしいけれど、高天神城の位置もおぼろなため、
まだまだです(´・ω・`)

今川氏真が篭る掛川城攻めの際も使われたという記録もあるそうで、
遠くに掛川城も見えました。

しかし地形がすごい。
崩れの跡も多く、地層も見れて面白い。


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小笠神社入り口からはいります。
700年頃創建されたそうですから当時もすでにあったんですね。

横堀ありました!
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尾根筋から緩やかな両斜面に壇上地がもうけられ、
その下に堀を廻らせてます。
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その先の尾根はがっつり堀切で切ってます。
土塁も高い。

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進むと全面に堀が!
写真の左は馬出部分です。
三つの尾根が交わる城の中心部です。
堀、土塁がかなりいいです!


多聞神社から北西へ伸びた尾根の
横堀、土塁。高天神城の横堀似てます。
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↑土橋というか尾根筋かな。
崩れすごいから今から400年後とか残ってるのでしょうか…。

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西南へ延びる尾根の堀切は古道になっていたのか
堀底が続いていましたが、とにかく凄い崖です。今は歩けません。

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虎口、土塁。

遺構ももちろんすごくよかったのですが、よくここで土木工事しましたねと感心というか。。
場所的には、高天神城も砦も見えるは、掛川城も周辺砦もすべて見渡せて最高なので
当然なのですが。

「縄張り」考える人って凄すぎる。
街道と地形よんで「ここを城とする!!」って決めて
「ここに堀を巡らせて、ここに武者ためて、井戸はここ。
兵糧と武器はここで、あ、まずは殿をここに」とか(あくまで想像)
命懸けですよね。戦ですからね。


粘土質の関東ローム層と
この辺の砂礫の地質の違いって城作りにも影響したでしょうね。
石垣の城が西の方で栄えたのもわかりますね。
加工する石がないもの。
そうなると西の地質が気になりだしてきたぞ


とと、なぜか最近地形通り越して地質に興味がf(^_^;
だれか詳しいかた、教えてください。


最後に怖すぎて通れなかったとこ。
右側は数十メートルの崖です。即死です。
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高天神城攻めの砦は、これが初めてでした。
今度は1日かけて砦巡りしたいです。
はやく位置関係を覚えたい…

この後
横地城
八幡平の城
へいきました!



適当な記事ですが
読んでくださってありがとうございます!
posted by さら at 20:35| Comment(0) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月27日

諏訪原城発掘調査現地説明会 平成28年2月

静岡では有名な城の一つ、諏訪原城の現地説明会にいきました。
最初に諏訪原城に行ったのは平成22年11月。
その頃からだいぶ変わっていますね。
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名前が混乱するので縄張図みながら読んでください(←自分に言っている)
今回は二の曲輪東馬出の発掘現場を見ることができました。

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ここは馬出の部分。
黒っぽく焼けた土の層があり、その部分が武田氏時代と考えられるそうです。

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ちなみに砂利や丸石が多いのは、
諏訪原城がある牧之原台地が大井川の扇状地が隆起してできた台地だから。
その石がないところは整地した跡かな。


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その上の層に二つの礎石が出てきました。
これまでに出ている、二の曲輪北馬出門の礎石や、
二の曲輪虎口の門の礎石、本曲輪虎口の門の礎石と比べても、一番大きな礎石だそうです。
あと二つは堀側(東内馬出側)に木を植えた時に落ちてしまった可能性があるそうです。


そして前面の堀!

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堀の深さは曲輪側で約7m50cm
堀底の幅は約1m
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薬研堀です。地層みると箱堀に改修された跡はないそうです。
他の堀では薬研→箱堀に改修された跡がみられるそうです。
(どこか忘れました)

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薬研が武田で箱堀が徳川だとは一概には言えないけれど、
薬研のあとに箱堀が出来たことは確実なので
後の改修ですよね。
ここは薬研のままですが。


地層みるといろんなことがわかるんですね!
なんか地質学もちょっと知りたくなってきました。

あとはこの重ね馬出の箇所だけで、鉄砲玉が45個も出土しているようです。
他の箇所に比べてかなり多いようです。
この場所がかなりの激戦地だったようですね。
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凝った遺構からみても、街道に近いこの場所が一番重要なところだったのかな。

発掘調査で実際に昔のものが見れるってすごいことですよね!
同じ日には岐阜城の発掘調査現地説明会も行われたようです。
いつか資料をみたいな(´∀`*)


終わったあと、石上城を目指しました。大井川を北上します。
【石上城】
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コンパクトながら、堀切、横堀、竪堀などが見られます。
屋敷があったとされる平地とその背後にある詰城です。
かなり奥地ですが、いまも集落が残っいます。
当時もここを街道が巡っていたんですね。

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【野田城】
島田の街中から近い野田城ですが、登り口がわかりません。
道がどこかにあるんでしょうか。とりあえず尾根にはたどり着き、土塁と竪堀だけは発見。
時間切れだったので再訪決定です。


posted by さら at 17:53| Comment(2) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

小田原城総構あるき

小田原城の総構え歩き。
雨の中でしたが、合計7名で歩いてきました。

9キロにも及ぶ小田原城の総構え。
雨も降っていたので一部分ですが
住宅地に多く点在する遺構をたどって歩くのはワクワクしますね。


八幡山古郭の高低差すごいです。
八幡山の丘陵の高所から低地へ、
山城から平山城へと移っていったんですね。
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小田原城↓
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城山陸上競技場が一般開放だったため、潜入できて敷石の遺構を見ることができました!
これは一人では入りにくい場所ですね。
谷津丘陵と八幡山丘陵に囲まれた場所で、神社とかがありそうな位置。
相模湾も見えます。
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城山公園を抜けて小峰の大堀切。
その先の水ノ尾口までは行けませんでした。
総構えの出構えみたい。後から増築された部分かもしれないと教えて頂きました。
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三の丸新掘土塁は整備されていて綺麗でしたが、実態がよくわかりませんでした。
まだまだ考察と想像力が未熟です。その前に知識!
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このあとは特別公開中の小田原城の銅門を拝観し、
箱根口門跡
清閑亭付近の掘・土塁
大手門鐘楼
幸田口門跡を散策して本日は終了しました!

まだまだ全貌は見えてきませんので
また次の機会に歩きたいと思います!
立ち寄ったカフェ(空)もよかったです。
清閑亭も素敵でした。

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タグ: オフ会
posted by さら at 22:32| Comment(0) | オフ会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月26日

薩た山陣場

明けましておめでとうございます。

今年の初城は城友さん達と行くことができました!
ずっと行きたかった清水区薩た山陣場(さったやまじんば)へ!
スマホで漢字が出ませんでした。

富士山がよく見える駐車場には全国から来た車がひっきりなしでした。

サイガさんに案内していただき、歩くこと30分ほど。
東掘切遺構がものすごかったです。
掘切といっていいんだろうかという規模でした。
最大幅30m、深さ4m以上、稜線上部では10mそして延長500m以上…
つまり写真に写りません。
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普通にハイキングしてる方には自然の谷としか思えないと思います。

そのほか細かな遺構がいくつもあり、全てを見尽くせるのは私には難しそうです(^_^;)

戦に備えるために山中を駆け回る当時の人の痕跡があちこちにあるんですね。
次回はもう少し全体を歩いて見ようと思います。





参考文献
静岡県の城跡 中世城郭縄張図集成(中部・駿河国版)/静岡古城研究会



posted by さら at 20:59| Comment(0) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月15日

一ヶ月。

引っ越して一ヶ月たちました。
三日目で段ボールは片付きました。

一週間もするとあっという間に慣れました。

狭くなった分掃除も楽だし
物を探すのも楽だし
なかなか快適です。

ベランダ菜園は出来ないけど。
畑もやめたのでそういう楽しみがなくなりました。
街には出やすいので買い物回数が増えますね。


綺麗に暮らしていきたいと思います。
posted by さら at 11:46| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする