2016年04月05日

遠州龍潭寺−井伊氏菩提寺−

遠州龍潭寺。
引佐町井伊谷にある、井伊氏の菩提寺です。
南朝の宗良親王の菩提寺でもあります。


すでに来年の大河ドラマ「おんな城主直虎」の影響がでており、駐車場は満車でした。
来年は大変なことになりそうですね。
路線バスも本数が少なく、道も狭い。天浜線の駅からも遠い。
遠いけど浜松駅からの直通バスを希望します。絶対利用客いますよ。

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県指定文化財 庫裡
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小堀遠州作庭園
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墓所もあります。
桜がきれいでした。


2017年の大河ドラマが「おんな城主 直虎」になりましたが、
その存在を知っていた人がどれほどいるのでしょうか?
私は全く知りませんでした。
ですが、「静岡県!!遠州!!」ということでものすごく嬉しいです。
嬉しいのですが、かなり不安な点があります。


まず、脚本家とプロデューサーのインタビューの記事を見て落胆しました。
はちゃめちゃなことやりそうな気しかしません。

私は調べた訳ではなく、直虎が主人公となっている「小説」を2冊読んだだけです。
そもそも資料が乏しい歴史上の人物を大河主人公にするのは「脚色してなんぼ」になると思います。
ドラマなのですから当たり前ですよね。
あらすじを見ていると恋愛重視になりそうな気もします。
最悪、どうにか「面白く」するためにファンタジー大河になってしまっても、
しかたがないと思うております…。
そんな心構えをしつつ個人的には
 恋愛どっぷりは嫌だな。
 かといって「強い!たくましい!」だけにならないでほしい。
 今川義元のイメージが《弱》から《悪》になるのでは?
など期待と不安が入り混じっております。
ただ、知名度が低い主人公だからこそ、ほんとうに歴史好きな方々に作っていただきたいです。
今年の大河にすでに嫉妬|д゚)
いやいや、応援しております。

浜松の方では講演会も増えているようですね。
一度くらいは聞いてみたいです。
この日は時間がなかったので龍潭寺のみでしたが、
周辺もう少し歩いてみたいです。


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井伊氏発祥の井戸は歩いてすぐの田んぼの中にありました。
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来年までに、もっといろいろ知りたいですねー。
会わせてオフ会もやりたいな。

ラベル: 静岡
posted by さら at 14:55| Comment(0) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

城之崎城(見付古城)−地形を見る−

磐田原台地の先端部分にある城之崎城(きのさきじょう)。
現在は磐田城山球場になっていました。
ででん。
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武田と徳川が遠江を取り合っていた時期に、
遠江支配の居城として徳川家康が築城。

土塁のあとを利用して外野席になっていました。
現代の有効活用(涙)…(嬉)
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土塁上

にしても高いです!
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周りも土塁そのままになっている(ような気がする)部分もあり。
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東側には堀跡も残っていましたがかなり大きくてびっくり。
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古地図を見ると、街道側以外の城の周りが「入江」「沼」となっていました。
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高低差がすごい。
これは上の写真の堀から続いてたのか、自然に落ちてた地形のかわかりません。
でもここが台地なのはよくわかります。


ネットで磐田市の地形を調べると、磐田原大地の先端地域は
ほとんど湿地帯や潟湖になっているようです。
岡崎城(袋井市)や馬伏塚城もこの一帯で、潟湖に囲まれていたようです。
袋井市の方もまた行ってみなくては。


その土地の地形や地質、水質を知ることが、
そこに生きてきた人の歴史を感じられる一つの大きな史料だと
最近よく思います。




私が城や史跡が好きなのって
そこに生きた人たちの足跡、息吹が感じられるからなんですよね。
なんかくさいこと言ってますがほんとにそれに尽きる気がします。
だから本当はもっと「人物」とか「生活」とかに焦点を当てた歴史の見方をしたらいいのですが、
現代でも目に見えるものってすごくないですか?
当時の人間が見ていたものが、今の私にも見れるってすごいなっていつも思います。


「すごい」に変わる言葉を探していきたいです。。。
すごいの一言ではないんですが私のあれが足りないばかりに(;´д`)

県内でも行ったことのない場所は沢山あるし、磐田市もなーんにも気にせず通過してるだけでした。
こうやってまた一つ、地域のこと(+歴史)を知れてとても嬉しい。



この日はこのまま三方ヶ原を抜けて
井伊谷へ行きました!!!
天竜川水系のことも知りたいなー。
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posted by さら at 21:40| Comment(0) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月03日

福王寺−今川範国の墓−

磐田市はあまり行きませんが城仲間さんに案内して頂きました!
ありがたいです!
地形を見るために磐田もっと行きたい衝動がすごい。


【福王寺】
先週行ってきました。
目的では無かったのですが偶然!
今川範国さんのお墓がこちらにありました。

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今川範国(のりくに)は駿河今川氏の初代です。
南北朝時代、足利尊氏に従い北朝軍として活躍し、
その功績によって遠江・駿河の守護職に任じられ
この地を守っていくことになります。

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お墓は磐田市前の定光寺にもあるようですね。(wiki)
一応「伝」とありました。

福王寺は安倍晴明が祈祷を行った場所ということでも有名らしいです。

山門もすばらしです。

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今頃桜が綺麗に咲いていそうですね。


ここから見ると磐田原台地に向かっての高低差がすごいです。
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(これは台地側からみた写真)

登るとそこには
【城之崎城】がありますのでぜひ一緒に!
高校と城山球場になっております。

次の記事で。
ラベル:今川氏
posted by さら at 00:03| Comment(0) | 今川氏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

駿府城の二ノ堀

静岡平野は賤機山の南麓を中心に扇状地の地形になっています。

ということは、駿府城全体も若干の高低差があるわけです。
浅間さんの方が高いので西から東ですね。

小さい頃から駿府城に行っているので
あまり気にとめて見ていませんでした。

北門付近の看板(公園内)
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分かりやすので公園地図を。
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北門橋からみる東側
かなり歩道と近いですね。
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西側
外側の石垣をみると斜めになってるのが一番わかりやすい。
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現二ノ丸橋からみる東側
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西側
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西側の堀(坤櫓下から見る)
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外堀(西側)はもっと深くなります。
外堀の石垣好きなのでまた改めて記事かきます(^-^)
桜の時期ももうすぐですね。
満開で綺麗ですよ。

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祭りももうすぐ。


ラベル:静岡の城 静岡
posted by さら at 19:37| Comment(0) | 駿府城と城下町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

3.11 5年経過

東日本大震災から5年たちました。

大きな地震の恐怖も、
あの津波の恐怖も、
私が想像するものより遥かに上で、
ここで何かを語ることもできないのですが

忘れないためにも、
震災の怖さを覚えておくために
この日は涙をぼたぼた流しながら津波の映像をみます。
この日しか見れないのですが。
あとまた東北へ行きたいです。

石巻
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塩竈
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ラベル:雑談
posted by さら at 22:19| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月10日

薩摩土手を歩く(続)

続きです。


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切り株横の階段。

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真ん中の道が土手。
名残がありますね。

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小さな祠がいくつもあります。
水神社もいくつか。


現在の安倍川
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現在「さつま通り」となっている大通りは、もう一本の内堤があったようで、
柳町の交差点付近をみると道が盛り上がっているのがよくわかりました。
「土手通り」というのもあるのですが、
そちらは土手があったようには見えません。
どうしてその名がついたのか
また調べてみよう。
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本通り(旧東海道)までを歩きましたが
土手の名残が各所に残っていて、発見できて楽しかったです!
この安倍川の田町付近は昔処刑場があり、
駿府の町の外れですが見物にくる人が結構いたそうです。

最近昔の駿府の情景がいろいろ浮かんできて嬉しいやら悲しいやらです。
でも、これもこの土地の、人の歴史なのでもっといろいろ知りたいなぁ。



静岡、好き。


参考文献
※1「薩摩土手と駿府城下町」黒澤 脩
※2「さつま通り 薩摩土手の築堤と変遷」朝比奈 清
posted by さら at 20:35| Comment(0) | 駿府城と城下町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月09日

薩摩土手−駿府城築城のための治水事業−

静岡市民も知ってる人しか知らない「薩摩土手」
静岡市中心部に流れていた安倍川の流れを変えるための土手です。
これによって今日の静岡の街も水害から守られております。
家康の命によって薩摩藩主(島津忠恒)が築堤しました。

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現在でもその一部が残り、また住宅地に埋もれながらもその名残を感じることが出来ます。
一緒に歩いてくださったサイガさんのおかげです。



家康は江戸を離れ隠居の城を駿府の地に決めましたが、
最初は今の場所よりも安倍川に近い「川辺町」付近に計画していました。
しかし、安倍川の洪水などによって打撃を受けると分かると、今川館があった場所に決定します。
ちなみに、家康だけではなく、今川時代にも治水は行われているそうです。
今川氏親の時代、安倍川と藁科川の一部を合流させています。(※1)
今の藁科川は安倍川へ流れていますが、昔は安倍川と並行して海へ流れていたようです。


家康時代の安倍川の流れは
浅間神社の南麓(宮ケ崎町交差点)を分岐に麻機沼へ(北川)、また南へも二本の支流が流れていたようです。

中町にある静岡天満宮に
ここが中洲であったという牌が残っています。

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浅間通りを通って浅間神社を右にして安倍街道を歩きますと、
妙見下付近に「井宮神社」があります。
賤機山からの支尾根の先端にあり、結構急な高さです。
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この安倍街道は安倍川が流れていただろう場所で、小さな川も残っていました!
安倍川の流れによって山肌が削られていたかもしれません。
さらに、ここが薩摩土手のはじまりの場所ということを考えても
安倍川の流れが直撃してたでしょうね。
実際築堤後も何度か決壊もしているし。

というわけで、井宮神社から薩摩土手が続きます。
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昭和39年の写真(※2)をみるとまさに土手を断ち切って道を通したというのがわかります。
当時も大雨が降って洪水の恐れがあるときは、ここに木の板を何枚も重ね
市街地へ水がいかないようにしていたようです。
現在でも坂が少し残っています。
土手の横には安倍川の名残が。

当時の土手は
高さ5.4m
天端(上)10.8m
敷(地)22m
それが一本ではなく、2本、3本とあり、流れをかえて行ったようです。
今回歩いてるのは…一番駿府に近い位置かなと予想。


昔も今も生活用水のため街中へ流れるための水門も各所に設けられていたようで
昭和40年頃までは水が流れていたようです。
その後埋められてはいますが、位置は確認できます。


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石垣
水門の近くにあるここだけしか確認できませんでしたが、他にもあるのかな?
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この先の土手は新しいもので、本来はもう少し内側にあったようなので
その痕跡を辿りました。
(歩きつつわかったことですが←サイガ先生がw)

さつま通り(内堤だった)のカーマを曲がると
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道路に高さがあるのがわかります。

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途中にあったこの古株、サイガさんもおっしゃっていました。
本(※2)にも「古い切り株が3本ある」とあるけれど、ここではなさそう。
今はないのかな。


高低差。

良い。
テンションあがっております。

写真が貼れないので
続きます。


参考文献
※1「薩摩土手と駿府城下町」黒澤 脩
※2「さつま通り 薩摩土手の築堤と変遷」朝比奈 清
ラベル:静岡の城 静岡
posted by さら at 21:52| Comment(0) | 駿府城と城下町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新野古城(八幡平の城)−今川氏一族新野氏の城−

県別まっぷるにも「八幡平の城跡」で載っていました。
来年の大河のためか、「新野氏ゆかりの地」看板がたっていました。
城への案内の充実してます。

室町時代初期に八幡平の城、中期から後期に主要部を舟ヶ谷城に移したということで
八幡平の城を「新野古城」、舟ヶ谷城を「新野新城」というそうです。

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一城別郭でそれぞれ二つの曲輪とそこから伸びる尾根を数カ所堀切でさくっと切っています。


写真は新野古城のいろんな堀切…
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曲輪の下には通路を兼ねた堀、土塁が見られます。
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よく残っていました。


今度は舟ヶ谷城にもいかねば。
あと塩買坂!!


全景
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ラベル:静岡 静岡の城
posted by さら at 16:03| Comment(0) | 静岡の城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする